第4回 2019/8/1 4限
- 講師:伊藤隆司
- 参考書:現代生物科学入門1:ゲノム科学の基礎
- 参考書:ゲノム医学 メディカルサイエンスインターナショナル
エピゲノム解析
エピジェネティクス
- Epigenesis:後成説
- DNA配列の変化に依らず、細胞分裂を経て伝達しうる遺伝子機能の変化。
- 細胞分化:リプログラミング(iPS細胞)
- 神経活動・行動:記憶・学習・情動
- 表現型可塑性:個体レベルでの環境応答
- 進化の機構:エピジェネティックな遺伝
- メカニズム
- ヒストン修飾
- DNAメチル化
- エピゲノム解析
エピジェネティック修飾の役者
役割 | 説明 | 例 |
---|---|---|
Writer | 修飾を書き込む酵素 | DNAメチレース、ヒストンアセチル化酵素 |
Reader | 修飾を認識するタンパク質 | メチル化DNA結合タンパク質、クロモドメインんタンパク質 |
Eraser | 修飾を消去する酵素 | DNAデメチレース、ヒストン脱アセチル化酵素 |
Recruiter(Editor) | Writerを局所に導くもの | 転写因子、ncRNA |
※エピジェネティックな制御は代謝と密接に関わっている。
エピゲノムが関わる現象
- 分子レベル
- 遺伝子発現の制御
- トランスポゾンの抑制
- 哺乳類X染色体の不活化
- ゲノムインプリンティング
- 染色体の安定性保持
- 細胞レベル
- 環境応答
- 細胞分化・リプログラミング
- 個体レベル
- 発生・老化
- 記憶・学習
- 行動
- 表現型可塑性
- 疾患
- 種レベル
- 適応進化
表現型可塑性
- 非生物的環境の影響: 水草のウキシバは、水位が低くなると斜め上に伸びる「抽水型」として生育するが、水位が高くなると水面に浮きながら匍匐して成長する「浮葉型」として生育する。
- 捕食者の影響: ミジンコのなかには、捕食者のにおいを感知すると、捕食者から身を守るための突起を発達させるものがいる。
- 同種個体の影響: ホンソメワケベラは、生まれながらにしてのオスが全く存在しない。オスがいなくなると、残ったメスの中から最も大きい個体がオスに性転換する。(他個体との社会的関係に応じて性転換する。)
近未来に備えるゲノム?
- Barker仮説
- Development Origin of Health and Disease (DOHaD)
- Transgenerational Epigenetic Inheritance
- 世代を超えて伝わるエピゲノム変化
- 獲得形質の遺伝?現代版ラマルキズム?
- 体細胞系列と生殖系列のクロストーク?
- 分子機構の解明へ
エピジェネティクスの二大分子機構
- DNAメチル化:
DNA中のシトシン塩基にメチル基を付加。
→WGBS(全ゲノムバイサルファイトシーケンス法) - ヒストン修飾:
DNAと複合体を形成しているヒストンタンパク質の翻訳後修飾。
→ChIP-Seq(クロマチン免疫沈降シーケンス法)
これらによって、各遺伝子を発現可能状態とそうでない状態とに仕分けることができる。(細胞のポテンシャルを規定する。)
# | メチル化 | アセチル化 |
---|---|---|
由来 | \(\mathrm{SAM}\) のメチル基(グルコース(解糖系)) | アセチルCoA |
外すのに必要な物質 | αKG(α-ケトグルタル酸) | FAD,NAD |
DNAメチル化の網羅的解析
真核生物のDNAメチル化
- Cytosineの5位をメチル化
- \(\mathrm{CpG}\)
- \(\mathrm{CpHpG}\)
- \(\mathrm{CpHpH}\)
- 遺伝子発現を抑制
- 元々は外来生遺伝子の抑制機構?
- 内在性遺伝子の制御にも流用?
- メチル化を(ほとんど)起こさない生物もいる。
- パン酵母
- 線虫
- (ショウジョウバエ)
哺乳類のDNAメチル化
- 主としてCpG配列のCがメチル化される。
- CpG配列は少数派だが、CpGアイランド(CGI)には集中する。
-
$$5\mathrm{mC}\xrightarrow{-\text{NH}_2}\mathrm{U}$$
- 新規メチル化(\(\mathrm{DNMT3}\))と維持メチル化(\(\mathrm{DNMT1}\))
- 能動的脱メチル化(\(\mathrm{TET}\) が頑張る)と受動的脱メチル化(\(\mathrm{DNMT1}\) がサボる)
- \(\mathrm{MBD}\) が \(5\mathrm{mCpG}\) に結合して遺伝子発現を抑制
- 正常発生に必須:\(\mathrm{DNMT}\) のノックアウトマウスは致死
- 様々な病態にメチル化異常が関与
- 悪性腫瘍:がん抑制遺伝子プロモータのメチル化、染色体不安定性
- 感染に対する応答:ピロリ菌
- 遺伝性疾患:Rett症候群
- 多因子性疾患:アトピー、糖尿病
- ゲノム・インプリンティング
- X染色体の不活性化
バイサルファイト変換
バイサルファイト(bisulfite;重亜硫酸塩)は、DNAのメチル化状態を解析するために使われる試薬であり、
- メチル化シトシン \(^{\mathrm{5m}}\mathrm{C}\) は変換しない。
- 非メチル化シトシン \(\mathrm{C}\) を \(\mathrm{U}\) に変換する。
したがって、バイサルファイト処理を施したDNAの配列を決定して元々の配列と比較するば、個々のシトシンについてそのメチル化状態を知ることができる。(バイサルファイトシークエンシング,BS)
WGBS
全ゲノムWGBSバイサルファイトシークエンシング(WGBS)は、バイサルファイト処理を施したゲノムDNA全体を次世代シークエンサーを用いて配列決定する方法で、様々な細胞や組織についてWGBSが試みられている。
PBAT
ただし、次世代シークエンサーで配列決定を行うには、対象となるDNA断片の両端にアダプターを付加する必要があり、両端にアダプター配列を付加したDNAをバイサルファイト処理するとDNAの切断が起こってしまう。
これは、収率の低下を引き起こすだけでなく、細胞ごとに異なるメチル化状態から偏ったサンプリングをしてしまうことになる。
この問題を「バイサルファイト処理後にアダプター付加を行う」という簡単なソリューションで解決したのがPBAT(Post-Bisulfite Adaptor Tagging)
変化点検出アルゴリズム(Changepoint detection: CPT)
ドメインごとのメチル化率の違いを調べるアルゴリズム。(論文link)
アルゴリズムは非常に簡単で、新しいクラスターを作った方が、クラスターを作ることに対するペナルティ(定数)を加えたとしても、分散の和が小さくなるのであれば新しいクラスターを作る、というだけ。
ペナルティ(\(\beta\))を調節するだけで良く、幅広いサイズレンジをカバーできること、また隠れマルコフモデルを用いた解析と同程度の能力を持つことなどからよく使われている。
iPS細胞とエピジェネティック
ゲノム・インプリンティングやX染色体の不活化は正常な個体発生に必須なエピジェネティクス制御であり、これらの制御の異常がiPS細胞のリプログラミングの失敗を引き起こすことが報告されている。
iPS細胞などの多能性幹細胞を評価する指標には主に以下の2つがあり、特に有事の評価の重要性が確認され始めている。
- 平時の能力: 標準的な培養条件における評価(=先発メンバーはどう??)
- 有事の評価: 全部の細胞状態を調べるのは不可能なので、エピジェネティック制御がどれぐらいできるか?を見る。(=ベンチ入りメンバーはどう??)
第6の塩基 5-hydroxymethylcytosine (5hmC)
- Purkinje,ES細胞等で発見
- \(\mathrm{5mC}\) から \(\mathrm{TET}\) (能動的脱メチル化)によって生成
$$5\mathrm{mC}+\mathrm{O_2} + \text{2-oxoglutarate}\xrightarrow{\text{Fe}^{2+}}\mathrm{5hmC} + \mathrm{CO_2} + \text{succinate}$$
- 脱メチル化の中間産物
- 維持メチル化酵素 \(\mathrm{DNMT1}\) が認識しない(受動的脱メチル化)
- \(\mathrm{5mC}\rightarrow\mathrm{5hmC}\rightarrow\mathrm{5fC}\rightarrow\mathrm{5caC}\Rightarrow\mathrm{C}\)(能動的脱メチル化)
- 中間産物が有意に多く溜まっている。→何かのエピジェネティック・シグナル??
- Bisulfiteで変換されないので、\(\mathrm{5mC}\) と識別できない。
- 抗体を使ったマッピング
- hMeDIP-Seq
- Anti-CMS(Cytosine 5-Methylene Sulphonate)
- 酵素修飾
- GLucosylation, perIodate oxidation & Biotinylation: \(\beta\text{-Glucosyltransferase}\) により \(\mathrm{5hmC}\) をグリコシル化した後に、\(\mathrm{5mC}\) の \(\mathrm{Tet1}\) による酸化と亜硫酸水素塩処理を組み合わせた手法で \(\mathrm{5hmC}\) を検出する。
- 抗体を使ったマッピング
第9の塩基 N6-methyladenine(6mA)
- ゲノムワイド解析がされるようになり、クラミドモナス、線虫、ショウジョウバエで報告されている。
- クラミドモナスでは、転写開始点近傍に存在して発現と相関(\(\mathrm{5mC}\) と逆の分布)
- 線虫では、世代間エピジェネティック遺伝に関与
- ショウジョウバエでは、トランスポゾン発現に関与
- \(\mathrm{GATC}\) という配列の \(\mathrm{A}\) に多く起きている。