第1回 2019/4/11
- 講師:角谷 徹仁
講義の全体概観
目標
エピジェネティックな遺伝子制御機構についての知識と考え方を習得する。
概要
エピジェネティクスは、当初は個体発生を理解するための考察から始まったが、今ではゲノムの進化や染色体の制御、集団遺伝学や生態学まで含め、多くの生物学分野における新たな考え方の枠組となってきつつある。
予想外の発見と展開が続くエピジェネティクスとエピゲノミクス分野について、シロイヌナズナ、ショウジョウバエ、酵母、マウスなど、遺伝学のモデル生物を用いた研究を中心に講義する。
日程
日程 | 講師 | 内容 |
---|---|---|
4/11 | 角谷 徹仁 | エピジェネティクス概説 |
4/18 | 胡桃坂 仁志 | ゲノム機能領域のエピジェネティクスによる形成 |
4/25 | 胡桃坂 仁志 | エピジェネティクスによる遺伝子機能の制御機構 |
5/16 | 岡田 由紀 | リプログラミングとクロマチン構造変化 |
5/23 | 渡邊雄一郎 | 植物のRNAサイレンシング |
5/30 | 塩見 美喜子 | 遺伝子発現とその制御 |
6/13 | 塩見 美喜子 | 恒常的RNAサイレンシングの分子機構 |
6/20 | 武田 洋幸 | 脊椎動物の発生、遺伝におけるエピジェネティクス |
6/27 | 山中総一郎 | 生殖細胞のエピジェネティクス |
7/4 | 角谷 徹仁 | TEと世代をこえるエピジェネティック情報の遺伝 |
7/11 | 角谷 徹仁 | エピジェネティクスとゲノム動態 |
7/18 | 角谷 徹仁・藤 泰子 | 転写領域内の修飾 |
7/25 | 試験 |
今日の概要
- エピジェネティクス概説
- セントロメア(動原体)
1. エピジェネティクス概説
エピジェネティック修飾の中で最も代表的なものはヒストンtailへの修飾であり、中でもDNAメチル化である。
これらの修飾はヌクレオソームやクロマチンの形成にも影響を及ぼし、より高次のエピジェネティック制御であるヌクレオソームポジショニングを介して遺伝子の「スイッチ」の役割を果たし、発現の制御に関わっている。
X染色体不活性化
哺乳類の雌では、2本のX染色体のうち一つが不活性化されており、これによって常染色体と発現量の比が雄雌で同じになる(dosage compensation)。(\(\mathrm{X_a}\);active と \(\mathrm{X_i}\);inactive)
だだし、Xiからのみ転写されるRNAがあり、Xist(Xi-specific transcript)と呼ばれる。Xistは、長いncRNA(非コードRNA)の一種である。
このときPCR2(H3K27メチル化酵素)がXistと結合し、Xi上のみに広がることで、\(\mathrm{X_i}\) での遺伝子抑制に関与している。
なお、2本のX染色体のうちどちらが不活性化されるかは細胞によってランダムである→三毛猫はメス!
Epigenetic landscape (Waddington 1953)
幹細胞では、多くの遺伝子が、抑制の目印(K27me)と活性化の目印(K4me)の両方を持つが、分化に伴ってどちらかに落ち着き、その後は修飾が細胞分裂を繰り返しても維持されることから、不可逆的な機構であると考えられている。
2種類の抑制ヒストン修飾
ヒストンH3のリジン27のメチル化(K27me) | 場合による facultative heterochromatin |
パターン形成 幹細胞の分化 X染色体不活性化 環境応答 |
ヒストンH3のリジン9のメチル化(K9me) | いつも constitutive heterochromatin |
染色体動態安定化 酵母の性決定 ゲノムの防御 |
短いncRNA
siRNA,miRNA | 21~25bp | 転写後抑制 | RNA切断(転写されたRNAを潰す)、翻訳阻害 |
piRNA | 24,25bp | 転写抑制 | DNAメチル化、H3K9me |
siRNAとmiRNA
siRNA | miRNA | |
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材料(前駆体) | 2本鎖RNA(RNAウイルスなど) | 1本鎖RNA(自分自身に相補的) ヘアピンでミスマッチが多い |
効果 | RNAを壊す | 翻訳阻害をする場合もある |
- RNAを壊す場合(siRNAおよびmiRNAの大部分) small RNAと標的RNAが、ほぼ完全に相補的
- 翻訳阻害の場合(動物のmiRNAの大部分) small RNAと標的RNAの相補性は低い
※標的RNA(mRNA)との配列一致が完全なら壊し、不完全なら壊さない。
piRNA
- PIWIタンパク質と結合して働く
- 動物の生殖系列で働く
- トランスポゾンなどの反復配列の抑制に働く
- 鋳型配列が動物のゲノムにクラスターとして存在する
- P系統(トランスポゾンと、その抑制因子(piRNA)保持)の♀とM系統(両方無し)の♂子供は、細胞質が♀由来であることから、piRNAのない細胞質にトランスポゾンが悪さをする
ヒトやシロイヌナズナを含め、ゲノム塩基配列決定が「完了」した生物でも、動原体領域には読まれていない部分があります。これは、この領域に縦列型(同じ向き)の重複配列が多コピーあるせいです。縦列型反復配列の塩基配列決定が難しいのはなぜでしょうか?
Ans.
次世代シークエンサーなどはショットガンシークエンスをするため、リードの長さが短く、多コピーの数まで知ることが難しいから。
2. セントロメア(動原体)
動原体(セントロメア)の特徴
サテライトDNA 元々は、密度勾配遠心法でゲノムDNAの大部分とはべつに密度の異なるDNA断片の集合体として同定されたDNA。大部分がセントロメア領域の反復配列に由来するため、逆にこれの存在からセントロメア領域の推定に使われる。以下のように分類される。
サテライト配列 | 内容 |
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α サテライト | 171bp の繰り返し配列。数百万bp 以上にわたる巨大な繰り返し配列 |
ミニサテライト | 20 から 70 bp の繰り返し |
マイクロサテライト | 2, 3 および 4 bp の繰り返し。Short tandem repeat (STR) とも呼ばれる。 FBI は DNA 鑑定に 13 のマイクロサテライトを利用している。1980 年代に導入されたシステムで、Combined DNA Index System (CODIS) という。このパターンを用いると、ヒトを取り違える確率は 1/10 billion とされている。 |
CENP-A 動原体特異的ヒストンH3バリアント。 ヒストンH3と相同性をもつセントロメアに特異的なヌクレオソームタンパク質。
- 紡錘糸が結合して、染色体を運ぶ。
- 特異的なヒストンH3(CENP-A)
- 植物や脊椎動物では、縦列型反復配列がある。(1ヌクレオソームぐらいの長さ。数千コピーで、数MBにまでなる。)
- ヒト(αサテライト):171塩基
- シロイヌナズナ:178塩基
- イネ:165塩基
- ただし、反復配列が必須ではない。
- サテライト配列は動原体に必要ではなく、十分でもない。
- サテライトのないセントロメアを少数もつ種もある。
- イネの染色体8
- 馬の染色体11はサテライトを持たない。
- 鶏の染色体5,27.Zはサテライトを持たない。
- αサテライトは、セントロメア形成に必要でないし、十分でもない。
- CENP-A等の蛋白質は必要。
- 塩基配列の変化なしに、セントロメアが移動することがある。
- セントロメアになるかどうかは、塩基配列でなく、エピジェネティックに決まる。
- Cre-loxP系(組換酵素Creが標的サイトloxPで組換えを起こ。す)を用いて分裂酵母のセントロメアを欠失させたら別の場所にセントロメアができた。
- 同じ方法で鶏(DT40細胞)でもネオセントロメアを作れた。
- 動原体の位置が変わることがある。(位置はエピジェネティックに決定され、細胞分裂後も継承される。)
- 塩基配列が種間で保存されていない。
- セントロメア配列は進化が早い。(近縁種でも配列が違う)
- 動原体を認識するヒストンも進化が速い(CENP-AのN末端は、DrosophilaやArabidopsisでは進化が速い)
※サテライト配列とそれを認識するCENP-A遺伝子の両方が速い進化。
正の進化(アミノ酸配列を変えた方が良い)を行うのは、「免疫」と「生殖」
防御システムが認識する側と防御システムは、どちらもバリエーションが多い方が良く、進化のスピードが早い。
第三世代シークエンサー
最近では、PacBio sequencingで 20kb程度の配列が読めるように、反復配列の全体構造を調べる第三世代シークエンサーが誕生しており、セントロメア全体の進化もアプローチ可能になりつつある。