- 講師:饗場篤
- 参考文献:Neuroscience: Exploring the Brain, 3rd Edition
- 参考文献:Principles of Neurobiology
- 参考文献:カラー版 神経科学 −脳の探求−
運動系(1)
¬運動系(motor system)¬は、約700個全ての筋とそれらを支配するニューロンによって構成されている。
脊髄による運動制御
"Running around like a chicken with its head cut off"
という表現があるように、複雑な行動パターンが脳の関与なしでも引き起こされることは観察されている。
脊髄の中にはかなりの数の神経回路網があり、(特に歩行に関連した反復的な)行動の制御 を行なっていることから、現代の見解では、「脊髄には調和の取れた運動の発生を行う@運動プログラム(motor program)@があり、この@運動プログラム(motor program)@が脳から下行する命令によって呼び起こされ、実行され、そして修正される」 というものである。このように運動制御は、
- 脊髄による筋の収縮命令と個々の筋収縮を調和のとれたものにする制御機構
- 脳による脊髄内の@運動プログラム(motor program)@への命令と制御機構
の2つに分けることができる。
筋の種類
- @横紋筋(striated muscle)@:収縮性の筋原線維の反復構造(サルコメア)を持ち、横紋 と呼ばれる縞模様が観察される。
- @骨格筋(skeletal muscle)@:
- 身体の大部分の筋を構成し、関節の周囲の骨や後頭部にある眼球を動かす。
- 体性運動神経に支配され、運動や姿勢の保持に働く。
- 体幹の運動を担う筋であり、姿勢の維持に重要である@体幹筋(axial muscle)@・肩や肘、骨盤、膝を動かす筋であり、歩行運動に重要である@近位筋(proximal muscle)@ / @肢帯筋(girdle muscle)@・手首や足首から先、そして手足の指を動かす筋であり、物を巧みに取り扱うのに重要となる@遠位筋(distal muscle)@など、様々な種類がある。
- @心筋(cardiac muscle)@:
- 心臓の筋で神経支配がなくても律動的に収縮している。
- 自律神経系により心拍の上昇や低下をもたらす。
- @骨格筋(skeletal muscle)@:
- @平滑筋(smooth muscle)@:
- 筋原線維に横紋を持たない@平滑筋(smooth muscle)@細胞からなる。
- 消化管や動脈壁にあり、自律神経系の神経支配を受けている。
- 蠕動(ぜんどう)運動(腸管内の物の移動)や血圧の調節等に関与している。
下位運動ニューロン
体性筋(@骨格筋(skeletal muscle)@)線維は、脊髄の前角にある体性運動ニューロンにより、支配されている。このニューロンは、¬「下位運動ニューロン(lower motor neuron)」¬と呼ばれ、脊髄へ信号を送る脳の高次の¬「上位運動ニューロン(upper motor neuron)」¬と区別されている。
- 上位運動ニューロン(upper motor neuron)は、グルタミン酸作動性 で、単シナプス性もしくは介在ニューロンを介して多シナプス性にグルタミン酸作動性である。
- 下位運動ニューロン(lower motor neuron)は、コリン作動性 で、下位のみが筋収縮を引き起こす。
脊髄の下位運動ニューロンは2つに大別される。@α運動ニューロン(α-motor neuron)@と@γ運動ニューロン(γ-motor neuron)@である。@α運動ニューロン(α-motor neuron)@は、支配する筋を収縮させて、力を発生させる。
1個の@α運動ニューロン(α-motor neuron)@とそれに支配される全ての筋線維が集まって運動制御の単位を構成する。これを、@運動単位(motor unit)@と呼ぶ。また、単一の筋(ex.上腕二頭筋)を支配する@α運動ニューロン(α-motor neuron)@の全体を@運動ニューロンプール(motor neuron pool)@
運動する際、筋は適切な強さの力を出すことが重要である。神経系が筋の収縮力の制御を行うには、2つの方法がある。
個々の運動ニューロンの発火頻度による筋の収縮力の制御 | 協同作用を持つ運動単位数の増加による筋の収縮力の制御 |
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@α運動ニューロン(α-motor neuron)@の単一の活動電位は筋線維に単収縮(twitch)を起こす。入力する活動電位の数と頻度に従い、単収縮は加重し、持続的な筋肉収縮(tetanus)になる。 | 活性化した@運動単位(motor unit)@の増加により新たに起こる筋張力の程度は、@運動単位(motor unit)@に含まれている筋線維の数(神経支配比)に依存する。多くの筋では、神経支配比の小さな運動単位(小さな@α運動ニューロン(α-motor neuron)@を持つ)から活性化が起こる¬(サイズの原理)¬。この機構により、軽い負荷の時の方が、重い負荷の時よりも細かい運動制御が可能である。 |
運動単位(motor unit)の種類
1つの筋は複数の筋線維によって構成されるが、1つの@運動単位(motor unit)@は一種類の筋線維によって構成される。
- 遅い@運動単位(motor unit)@(slow: S型): 小型の@α運動ニューロン(α-motor neuron)@により支配される発生張力の小さい@運動単位(motor unit)@は赤色の筋線維(赤筋)で構成されている。赤筋は多くのミトコンドリアと酸化的エネルギー代謝を行う酵素を持ち(Ⅰ型:有酸素系、TCA回路)、収縮がゆっくりだが、疲労を伴わず長時間収縮が可能である。脚の抗重力筋など。
- 速い@運動単位(motor unit)@(fast fatigable: FF型): 大型の@α運動ニューロン(α-motor neuron)@により支配される発生張力の大きい@運動単位(motor unit)@は白色の筋線維(白筋)で構成されている。白筋はミトコンドリアをわずかにしか持たず、無酸素的な代謝に依存している。(ⅡB型:無酸素系、解糖系)収縮が速く力が強いがすぐに疲れる。ヒトでは、腕の筋など。
- 速く疲れにくい@運動単位(motor unit)@(fast fatigue-resistant: FR型): 上記の2つの筋の中間的な@運動単位(motor unit)@。大型の@α運動ニューロン(α-motor neuron)@により支配され、中間の発生張力を持つ白筋(ⅡA型:有酸素系+無酸素系)で構成されている。速い@運動単位(motor unit)@ほど速くないが、遅い@運動単位(motor unit)@の2倍の力を持ち、持久力も中間である。
興奮-収縮連関
@α運動ニューロン(α-motor neuron)@の軸索末端から@アセチルコリン(ACh)@が放出されることで筋収縮が始まるが、ニコチン性@アセチルコリン(ACh)@作動性受容体の活性化の結果として、シナプス後膜に大きな@興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential;EPSP)@が引き起こされる。
筋細胞の細胞膜には電位依存性\(\mathrm{Na}^{+}\)チャネルがあるため、この@興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential;EPSP)@は筋線維に活動電位を発生させるのに十分である。発生した活動電位は筋線維内にある細胞小器官からの\(\mathrm{Ca}^{2+}\)放出の引き金となり、放出された\(\mathrm{Ca}^{2+}\)は筋線維を収縮させる。また、\(\mathrm{Ca}^{2+}\)の細胞小器官への取り込みにより\(\mathrm{Ca}^{2+}\)濃度が低下すると、筋線維の弛緩が起こる。
筋線維(筋細胞)の構造
画像 | 説明 |
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なお、筋肉は収縮弛緩を繰り返すので、@筋細胞膜(sarcolemma)@は大きな力に耐えなければならない。そこで、筋細胞膜タンパク質は、
- 細胞内では@ジストロフィン(dystrophin)@を介してアクチンと
- 細胞外では細胞外マトリックスの@ラミニン(laminin)@と
結合している。これらはそれぞれ網状構造を作っており、この網状構造を細胞膜タンパク質@ジストログリカン(dystroglycan)@が固定している。その破綻は@筋ジストロフィー(muscular dystrophy)@などの疾患に繋がる。これは、筋肉が萎縮し、次第に筋力が低下していく病気である。最も頻度が高いのはX染色体上のdystrophin遺伝子の欠損によるDuchenne型である。