- 講師:饗場篤
- 参考文献:Neuroscience: Exploring the Brain, 3rd Edition
- 参考文献:Principles of Neurobiology
- 参考文献:カラー版 神経科学 −脳の探求−
神経系の構造と機能(2)
中枢神経系の構造・機能
中枢神経系(CNS; Central nervous system)は、神経系の中で多数の神経細胞が集まって大きなまとまりになっている領域であり、1と2からなる。
全てのCNSは、胚発生の初期段階で形成される、液で満ちた1本の管(→成人の脳室系)の壁から発生する。
胚の始まりは、3・4・5と呼ばれる3つの異なる細胞層からなる平らな円盤でもある。
- 3は、最終的に多くの内臓のもととなる。
- 4からは骨と筋肉が発生する。
- 5からは神経系(Nervous system)と皮膚が発生する。
神経管(Neural tube)
形成
神経系 が起こる5部分、特に5に由来する板状の6に焦点を当てる。
6は、発生にしたがってダイナミクスに形態変化する。
- 吻側(ふんそく)から尾側に走る1本の溝である7が形成される。
- この溝の壁である8は、その後背側で合わさって融合し、9を形成する。
- 8が合わさる際に、一部の神経性外胚葉ははみ出して、ちょうど9の横にくる。この組織は、10と呼ばれる。
- 10は、その下にある11(脊柱の33個の椎骨および関連する骨格筋となる)と関連して発達する。それゆえ、これらの骨格筋を支配する神経は12と呼ばれる。
- 全てのCNSは、9の壁から発生し、末梢神経系(PNS; peripheral nervous system)に細胞体を持つ全てのニューロンは、10に由来する。
分化
発達の間に構造がさらに綿密に仕上げられ、特殊化されたものになる過程は分化(differentiation)と呼ばれる。
脳における分化の第一段階は、9の吻側に起こる3つの隆起の発達であり、これらは13と呼ばれている。なお、脳全体は9の3個の13に由来する。
3個の13は、引き続き発達を続ける。
前脳の分化(終脳、間脳;側脳室、第三脳室)
前脳では14(× 2)と15(× 2)と呼ばれる二次脳胞が両側に出て、残った不対の構造は16(× 1)と呼ばれる。
14は、成長の後に陥入して17と18を形成する。これらは最終的に、人の左右の19と20になる。重要な点は、眼球の裏の構造である20と、眼と16を連絡する19は脳の一部であり、PNS ではない ということである。
終脳と間脳の分化
15は、2つの大脳半球からなる21を形成する。ここで、21は、次の4つの仕方で発達を続ける。
- 後方へ成長し、16の上および側方に位置するようになる。(包み込む)
- 別の一対の小胞が大脳半球の腹側面から出て、22と嗅覚に関連する構造の元となる。
- 終脳胞壁の細胞は分裂し、様々な構造へ分化する。
- 白質系が発達し、21のニューロンから、あるいはこのニューロンへと軸索が伸展する。
- 大脳半球内にあり、液体で満たされている腔は23と呼ばれ、16の中心部にある腔は24と呼ばれる。
- 21において25と26、16において27と28のそれぞれ2つの異なるタイプの灰白室を形成する。
なお、発達中の前脳のニューロンは軸索を伸ばして他の神経系の領域と連絡を行う。これらの軸索は、ともに束をなして3つの主な白質系を形成する。
- 29は、25のニューロンに出入りして走るすべての軸索を含む
- 30は、29に続いており、左右の大脳半球にある皮質ニューロンをつなぐ軸索で形成されている。
- 29は、31にも続いており、これは皮質と脳幹、特に27と連絡している。
前脳の構造と機能の相関
前脳は知覚・意識的な気づき・認知・随意運動の場である。この全ては脳幹と脊髄の感覚および運動ニューロンとの広範な相互の神経連絡に依存している。25を始めとした皮質ニューロンは感覚情報を受け取り、外界についての認知を形成し、随意運動を命令する。この時、各感覚経路は、皮質に向かう途中で27を中継する。そのため、27はしばしば"大脳皮質への入り口"と称される。
なお、22のニューロンは、鼻腔内の化学物質を検出する細胞からの情報を受け取り、尾側にある25の部分へこの情報を伝達するため、嗅覚だけは27を中継しない。
27のニューロンは、しばしば31を経由して25へ軸索を送る。この時、送る情報は身体の反対側に関するものである。(右足の感覚 → 左27 → 左31の軸索 → 左皮質)
右脳と左脳が互いの情報を連絡する方法は、30の軸索による大脳半球間の連絡が最も重要である。
中脳の分化(中脳蓋、中脳被蓋;中脳水道)
前脳 とは異なり、脳の発達において中脳は比較的分化が少ない。
- 中脳胞の背側面は32になる。
- 中脳胞の腹側面は33になる。
- 両者の中間にあり、34で満たされている腔は、35と呼ばれる水路である。これは、吻側で終脳の24と接続する。
中脳の構造と機能の相関
見た目は上記の通り簡潔だが、「脊髄・前脳間の情報伝達に加え、感覚系、運動制御、およびその他の機能」など、役割は多様である。
- 33は2つの構造に分化する。
- 36は、眼から直接入力を受けるので、視蓋(optic tectum) とも呼ばれる。視蓋の機能として、眼球の運動の制御などがある。
- 37は、耳からの情報を受ける。
- 33は、黒質(substantia nigra) と赤核(red nucleus) の両方があるため、脳の中で最も色彩に富む領域の1つである。これら2つの細胞群は随意運動の制御に関わる。
- その他の細胞群は、CNSの大部分に広く投射する軸索を持ち、その機能は意識や気分、快、痛みの調節機能に関わる。
菱脳の分化(小脳、橋、延髄;第四脳室)
菱脳は「38・39・40(41)」の3つの重要な構造に分化する。
なお、菱脳の中にある34で満たされた管は、35から続くもので、42となる。
菱脳の構造と機能の相関
中脳と同様に、菱脳も脊髄・前脳間を流れる情報が通る。これに加えて、感覚情報の加工や随意運動の制御、および自律神経系の調節などを行う。
38は重要な運動制御中枢である。38は大量の軸索入力を受けているが、経路によって受け取る情報が異なる。
- 脊髄からの入力は、身体の空間的な位置についての情報をもたらす。
- 25からの情報は、39で中継されて入力される。これは、意図した運動の目標を知らせるものである。38はこの情報を比較処理して、運動目標の達成に求められる一連の筋収縮過程を計算する。したがって、38が障害されると、調和の取れない不正確な運動となる。
逆に、中脳を通って下行する軸索のうち、90%以上が39のニューロンにシナプス結合し、39の細胞はこの情報の全てを反対側の38へ中継する。
このように、39は25と38をつなぐ大規模な配電盤のような働きをする。
脊髄の分化(脊髄;中心管)
以下の図に示すように、尾側にある9から脊髄への変形は、脳の分化に比べればさほど複雑ではない。管壁の組織の増加により、神経管の内腔は押されて、34で満たされた細い43となる。
横断面で見ると、中心にある脊髄の灰白室(ここにニューロンが存在する)は蝶のような形をしている。
- 蝶の羽の上部に相当する部は44であり、このニューロンは後根線維からの感覚入力を受ける。
- 下部は45であり、このニューロンは筋肉を支配する前根線維に軸索を投射する。
- これらの間は46であり、このニューロンは感覚入力や脳からの命令に応じて運動出力を形成する介在ニューロンである。
統合
ここまで個別に見てきた部分を組み合わせて、中枢神経系全体を組み立てる。以下は、ヒトを含めた全哺乳動物における中枢神経系の基本設計図を単純化した模式図である。
- 21の一対の大脳半球が側脳室を囲む。
- 側脳室の腹側および側面には大脳基底核(基底核)がある。
- 側脳室は16の24に続いている。
- この24を囲むのは27と28である。
- 24は35に続いている。
- 35の背側には32があり、腹側には33がある。
- 35が繋がるのは菱脳の中心にある42である。
- 42の背側に38が突き出ており、腹側には39と40がある。
脳室名 | 関連した脳の構造 |
---|---|
側脳室 | 大脳皮質、終脳基底部 |
第三脳室 | 視床、視床下部 |
中脳水道 | 中脳蓋、中脳被蓋 |
第四脳室 | 小脳、橋、延髄 |
ヒトの中枢神経系の特徴
これまで、全ての哺乳類に適用される中枢神経系の基本設計 について見てきた。ここでは、ラットとヒトの脳を比較することで、類似点と相違点に目を向ける。
類似点
- 脳を背側から見ると、双方の終脳には対をなした半球がある。
- 脳を正中面から見ると、終脳は間脳の吻側にある。
- 間脳は第三脳室を囲み、中脳は中脳水道を囲み、菱脳の小脳、橋、延髄は第四脳室を囲んでいる。
- 小脳の下で橋が膨らんでおり、小脳は構造的に精巧である。
相違点
- 大脳表面にある皺(しわ)の数。大脳表面の溝は47と呼ばれ、隆起は48と呼ばれるが、これらはヒト胎生期の大脳表面の凄まじい拡大の結果生じる。頭蓋容量の制限に適合するために折り曲がり、皺を作らなければならないのである。この大脳皮質の表面積の増加が、ヒトの脳の "歪み" を生み出す原因の1つだが、大脳皮質がヒトの思考や認知の唯一の座であることが示されている。
- ラットに比べ、ヒトの嗅球は小さい。一方で、ヒトの脳の大脳半球は大きく膨らんでいる。
大脳の各葉のうち、4つは近くにある頭蓋骨の名称から取られている。
葉 | 頭蓋骨 | 機能 |
---|---|---|
前頭葉 | 前頭骨 | 運動に関わる領域(一次運動野、前運動野、前頭眼野)・発話に関わる領域(ブローカ野)・計画などに関わる領域(前頭前野) |
側頭葉 | 側頭骨 | 聴覚に関わる領域(一次聴覚野、ウェルニッケ野)、視覚中の対象の情報(腹側皮質視覚路) |
頭頂葉 | 頭頂骨 | 体性感覚に関わる領域(一次体性感覚皮質)、視覚中の対象の位置情報(背側皮質視覚路) |
後頭葉 | 後頭骨 | 視覚に関わる領域(視覚野) |
辺縁葉 | 情動に関わる領域、記憶に関わる領域(海馬) | |
島葉 |